1997年のアジア通貨財政危機を機に、アセアンの長期的な持続的発展には産業界を活性化する人材の養成が重要であるとの観点から、1997年の日−アセアン非公式首脳会議で当時の橋本龍太郎首相により「日。アセアン総合人材育成プログラム」において高等教育分野での専門的な人材の育成支援が提唱されました。
その後1999年のアセアン・プラス3会議で、小渕恵三首相(当時)の唱えた工学系高等教育分野の人材養成への支援計画、いわゆる「小渕プラン」へと発展しました
さらに協議を重ねた結果、2001年4月にバンコクにおいて各国高等教育担当の副大臣級高官や参加大学の学長等が出席して開催された設立総会において、工学系高等教育分野の人材養成案件として、各国を代表する19大学と、11の日本の支援大学の協力の下に、「アセアン工学系高等教育ネットワーク(ASEAN University Network / Southeast Asia Engineering Education Development Network 略称 AUN/SEED-Net)」が形成されました。
2001年から2年間の準備期間においては、研究支援プログラム、ASEAN域内での修士留学プログラムをはじめとする活動を各国・メンバー大学にて開始しました。それらと並行し、プロジェクトの活動計画策定ワークショップ(タイ)、年2回の各国大学の代表者が集まる運営委員会、各国大学への調査団の派遣や日本にて開催した分野別支援体制構築ワークショップなどを通じて、工学分野毎の支援体制の構築を行いました。具体的には、工学分野(例:化学工学、機械航空工学)のごとに活動の中心になるASEAN側の大学(ホスト大学)と日本側の国内支援大学を決定し、両者の強力な連携を柱に、ASEAN及び日本の他の大学が参画し、留学や共同研究等の各種プログラムが実施される枠組みが形成されました。
その後2003年3月11日、タイ政府とJICAの間で、R/D(合意議事録:JICAが技術協力を始めるにあたって、相手国の担当機関と合意した内容をまとめ、双方が署名した文書)が締結され、5年間の技術協力プロジェクトが本格的に開始されました。
2005年11月・12月にはプロジェクトの中間評価が、2007年5月には第1フェーズの終了時評価が実施され、その結果プロジェクトの成果として以下が確認されています。